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【観戦者】コンテンツの新陳代謝から視聴者とプレイヤーを考える【プレイヤー】

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こんにちは。
今回は「最近ゲーム配信でゲーム遊んだ気になってる人多いなぁ」と感じたところから、自分の生き方ってどうだっけというところを見ていきたいと思います。

どちらが良い、どちらが悪いとかではなくて、そういう多様性ってあるよねって話にしたいと思います。

ゲームで例えるなら、
「配信者のゲームプレイを見る層」と、
「自分で買ってきてプレイする層」になります。

それではどうぞ。

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最近のコンテンツの新陳代謝が早すぎる

最近のYoutubeとかSNSでゲーム情報を眺めていると、「新作発表だ!」から「新作発売!」までが熱狂のピークで、そこから何週間かすると「そんなゲームもあったね」くらいにまで熱狂が冷めています。

もちろんサバイバルゲームとか、周回がキモになってくるゲームとかはそんなことないんですけど、いわゆる王道RPGとかは本当に賞味期限が切れるのが早くなったなと思います。

例を挙げると、私はスーファミの聖剣伝説3が本当に好きだったので、聖剣伝説3がリメイクされると見た時は本当に心が踊りましたし、実際に表をクリアするまでは遊びましたけど、私がクリアするころには世間では「そんなゲームもあったね」って扱いになってたんです。
スクエニで続いちゃいますけど、ロマサガ2も、こちらは未プレイですけど、熱狂的なファンが居ての待望のリメイクだったのが、蓋を開けたらサーッと熱が冷めるのを見てしまいました。

なんか新陳代謝早すぎない?となります。
とはいえゲーム会社もそれぞれが大手だったり、ピカリと光るインディー制作者もいたりとか、それぞれ保有IPが大きく、多様になってきているとかですべてをスルメのように味わってる余裕というか絶対的な時間が足りなくなってきてますよね。

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コンテンツの消化速度が変わってきた

先程から「新陳代謝が早い」と言ってますが、どちらかというと「消化速度が早くなった」と見るのが正しいのかもしれません。

昔と今とで比較してみましょう。

昔「小規模コミュニティで攻略情報「2」とか「3」を持ち寄って試行錯誤する」

むかーしむかしのことじゃった。
その頃はスマホはおろかガラケーもないような時代。
学校のクラス、サークル、職場の同好会などの小さなコミュニティで「このゲームが面白いぞ!」となると、みんなこぞってゲームを「プレイ」しはじめて、やれ「このキャラ強いぞ」とか「このボスどうやって倒した?」とか、「2」とか「3」くらいの攻略情報を持ち寄ったものじゃて。

そんな「プレイヤー」のお友達の家に遊びに行って「ゲームプレイ生実況」を見せられて、視聴者(お友達の隣で座って見てる子)も「このゲーム面白そうだな」となるんです。
そこから親にせがんだりお小遣いを貯めてゲームを買ったりしました。
時にはゲーム雑誌の特集を切り抜いて穴が開くほど眺めたりしたものです。

これが昔です。

今「有名配信者のゲームプレイを数万人が視聴して、同時に「100」(ゲームクリア)を共有する」

さて時は流れて2026年。
国民総スマホSNS時代。
みんなこぞって有名配信者の「最新ゲームプレイ配信」を見に行きます。
そして学校やサークル、会社の同好会などで「あの配信者のゲーム見た!?」「エモいよね〜」「あの回の盛り上がりがさぁ!」とみんなで情報を「共有」します。
そうして有名配信者が1本のゲームをクリアすると、同時視聴数数万人が同時に「クリア」するのです。

これが今なのかなと思います。

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ゲームはプレイしてナンボの時代は終わった?

こうしてみるとゲームはプレイしてナンボの時代は変わりつつあるのかなと思います。

ゲームを「体験」する時代から、ゲームを「共有(ファイル共有じゃないですよ!?)」する時代へ。

ここに追い打ちを掛けるのが最新ゲームプレイ環境高すぎ問題です。
今や庶民の味方任天堂のNintendo Switch2でも6万円の時代です。
PS5とか10万円。
ゲーミングPCで最新ゲーム遊びたいなら20万円から。
とまぁ、おいそれとゲームで遊べる環境が無くなってしまいました(基本無料スマホゲームや旧世代ゲームはおいておいて)

そうなってくると「ゲームは見るもの」という流れも理解できなくはないですね。

昔から「視聴者層」は居た

話はゲームから逸れますが、昔から「視聴者層」ってのは居たものです。

ナイター中継を見る野球好きのお父さん(野球をするとは言ってない)
将棋のタイトル戦を見るお兄さん(将棋を指すとは言ってない)
グルメ番組を見るお母さん(グルメを楽しむとは言ってない)

などなど、昔のテレビっ子世代から「視聴者層」という層は確実に居たんですよね。

後述しますが、私はそういう「見ただけで知った気になる」のが好きじゃないのでテレビっ子ではなかったですが、今でも脈々と受け継がれている層だなと感じます。

「百聞は一見にしかず」ならぬ「百見は一触にしかず」

話はまた逸れまして、マンガ「グラップラー刃牙」シリーズに登場するお父さん「範馬勇次郎」が「百見は一触にしかず」と言い放ったことがあります。
たしかバキくんが架空の「人間サイズのカマキリ」と戦った辺りです。

マンガ内の流れとしては、そんな空想上のカマキリと戦ったバキくんが大変な活躍を見せましたが、今このセリフを見ると「たしかにそうなんだよなぁ」と思います。

ナイター中継を見ながら晩酌をするお父さんも、やる気になれば草野球チームに所属して、実際にバッターボックスに立ち、何百回も試行錯誤を重ねるうちにバットの芯を捉えた強烈な打球を放ってとんでもない鳥肌を立たせながら出塁することも出来るでしょう。

グルメ番組を見ながらお菓子をつまんでるお母さんも、自分で行くなり、創意工夫で自分で料理をして味の発見や研究をすることは出来るはずです。

まぁ、なんでもかんでもやればいいってもんじゃないのは分かります。
プロ野球選手だって、人生を捧げて野球一筋で生きてきてその高度なプレイがあるように、プロの料理人も人生を捧げて料理一筋に生きてきたからその味を出せるのであって、土曜日はグルメ旅をして、日曜日は草野球する、みたいな生活を送っていたら身が持たないです。

でも「見てるだけ」で人生の主人公である自分自身の人生を終えるのはなんだかつまらない気がします。
せっかくの一度きりの人生なんですから、やってみたいなら例え泥臭くなってもやってみて体験するのも一興かなと思うんですよね。

私の場合:体験主義者

私は長男で、友達も少なく、テレビの操作権は親に奪われていた人生でしたので、自分で考えて自分で体験するしか自分の中の彩りを鮮やかにする方法がありませんでした。

そんな私なので、「興味があったらとりあえずやってみる」という癖、これはもはや性癖レベルかもしれませんが、そんな身体になってしまいました。

もちろん出来ないこと(一見さんお断りなスポーツとか、金銭が掛かることとか、興味がないこととか)はやりませんけど、興味が出るとついつい「見る」よりも先に「触る」ことが出てきます。

それぞれ見ていきましょう。

パソコン:自作PC歴25年

私のパソコンは世代を変えながらなんだかんだで25年ほど自作しています。

とはいえ最新モデルを使うとか、フラッグシップモデルを使うとかではなくて、自分なりの予算に収まるようにパーツを選定して、実際に秋葉原へ出向いて買って、帰ってきて組む、というスタンスでした。

それでも一応はグラフィックボードを積んでおくとか、音はちょっとこだわってサウンドカード、後々にオーディオインターフェイスになりますが積んでみるとか、ちょっとしたこだわりが出てきます。

今だと「フラッグシップモデルのベンチマーク測定!」とかの動画とか記事が溢れてますけど、現実味がなくて(お金がなくて)全然興味ないんですよね。「わーすごい(棒読み)」みたいな。

自転車:セルフメンテ勢

2018年は自転車にのめり込んだ時期でした。
毎日30km、1ヶ月休まず走り続けたら900km、毎日おまけ付ければ月1,000kmいくのか!?と謎の興奮状態になって、1年間で13,000km走ったこともありました。

そんな中で自転車も消耗部品の塊なので、走ってるうちにそこかしこが故障するんですけど、その修理はセルフメンテでやってました。
最初はパンク修理でパッチを当てるのも試行錯誤してましたけど、なんだかんだで後輪を手組みするくらいまではセルフメンテしてましたね。

今となっては動く意欲が湧かないので格安クロスバイクを最低限カスタムしておいて、部屋で盆栽になってます。

でも貴重な思い出ですし、貴重な体験が出来たと思います。

カメラ:中古だけどデジタル一眼レフ

昔からカメラに興味があって。
同学年の子たちはガラケーの低画質な写メで喜んでましたけど、「いやいや、「写真」ってこんなもんじゃないでしょ」となっていました。

そんな折、今から15年くらい前でしょうか。
SONY α100というデジタル一眼レフを買ったことがあります。
まだSDカードが浸透してなくて、SONY謹製のメモリースティックかコンパクトフラッシュというメモリーカードを挿してパシャパシャ写真を撮ってました。

コンクールがあるとか、RAW現像とか、レンズ交換とかそういうの何も分からずに撮っていて、その時はお金に困って売り払ってしまいました。

今はその当時よりちょっと後の世代でNikon D5300というSDカード対応のデジイチを使っています。
今はRAW現像も見様見真似でやってみたりしてます。コンクールなんてとてもとても、、、という感じですが、気分が乗ってる時はお出かけにカメラを携えたりしてますね。

音楽:聴く側から作曲欲へ

音楽はパソコンにCDを取り込んでmp3で聴くのにハマって、そうこうしてるうちにサウンドボードを付けてみたり、アクティブスピーカー(やや大きめ)を買ってきてみたり、1万円以上のヘッドホンを買ってみたり、聴くことが好きでした。
あとはBMSっていう今で言うビーマニ(二寺)っぽいのをフリーソフトで作曲出来るようにしようぜっていうソフトの熱心なプレイヤーでもありました。

そうこうしてると「曲って色んなジャンルがあるし、アレンジってのもあるのか」と知るようになって、次第にDTMというワードを知るようになります。

音楽で体験したことと言うと、高校2年生から1年くらいピアノ教室に通ったことがあります。DTMの為でした。
なにか楽器1つくらい出来ないとダメだろうという思いで、友達とピアノ教室に通っていました。
なんだかんだで1年くらいすると「エリーゼのために」がなんとなく弾けるようになったり、当時はニコニコ動画でマリオピアノが一斉を風靡していたので、マリオの1−1の楽譜をネットで拾ってきて弾く練習をさせてもらったりしていました。

あとはギターも見様見真似(本当に独学、サークルとか怖くて行けなかった)で、フェンダーのストラト買ってみたり、マルチエフェクター買ってみたり、でもFコードが弾けなくて挫折してみたり。

DTMだと今は無料ソフトみたいですけどSONARっていうDAWを使って、MOTUのオーディオインターフェイスを使ったりとかしてましたね。
Synth1っていう無料プラグインとかね。

でも作曲はてんでダメで、1小節も打ち込むことが出来ませんでした。
ほろ苦いですけど、いい思い出になってます。

パソコン:Linuxを泥臭く環境構築

時は流れて2025年。
何をトチ狂ったのか、「Linuxでも普通にSteamゲーム出来るらしいぞ」と記事を見て、居ても立ってもいられなくなりLinuxを導入しはじめます。

有名所のUbuntuにはじまり、なんだかんだでArchの環境構築も虎の巻を見ながら出来るようになり、今はDebianでぼんやりと過ごしています。

実際のところSteamゲーム遊べてるんか?ってところですけど、一部のアンチチート系ゲームは遊べないですけど、普通の一人用ゲームはだいたいが遊べてます。

これも体験してみないと分からないことでしたね。

「視聴者」と「プレイヤー」の違い

さてそんな自分語りでしたが、「視聴者」と「プレイヤー」の違いを自分なりに整理して終わろうと思います。

「視聴者」は「共感」とか「共有」とかがキモなのかなと思います。
昔のナイター中継にしても、翌日の職場で「おい、昨日の試合見たか?」から話が弾んだり。
今のゲーム配信にしても、翌日の学校で「あの配信見た!?」とか。
そういうところなのかなと思います。

「プレイヤー」ってのは、例え道具がボロボロの中古だとしても、泥臭くなっても、自分のコントロール下で物事を捉えるっていうことなのかなと思ってます。
ゲームにしても、戦闘中の判断などは自分で責任を負うみたいな。
責任を負うっていうと重苦しいですけど、自分の命令に従ってくれるキャラクターが居るのが快感みたいな。
そういうところかもしれません。

おわりに

そんな感じで、最近のコンテンツは新陳代謝が早くね?ってところから、視聴者層とプレイヤー層について書いてみました。

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それではまたどこかで。

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